2019年5月25~26日 過労死防止学会 第5回大会 第1分科会
「労働時間だけで測れない航空機客室乗務員の疲労の実態」
報告者 Cabin Crew Project 坂口 真澄
昨年に引き続き、航空機客室乗務員の健康問題について発表致します。
Ⅰ-1 労働環境の特殊性
Ⅰ-1労働環境の特殊性
機内の環境は、地上とは異なり、低酸素・低気圧・低湿度の状態にあり、富士山の5合目にある砂漠にいるのと同じ状態です。また、長時間、不規則勤務に加え、国際線では深夜労働・時差、国内線では離着陸数の多さ、緊張の持続等を伴う勤務を特徴としています。2~3度傾斜した床上(機内)での立作業、上空では常に軽い振動と騒音もあり、宇宙放射線なども地上とは異なります。尚、宇宙放射線量については日本の文科省も航空機乗務員(運航乗務員と客室乗務員)の年間管理目標値を5m㏜と設定しています。(日本での自然から受ける放射線量は1m㏜台といわれている)
Ⅰ-2労働内容の特殊性
労働内容としては、保安要員という精神的緊張を伴う業務であることに加え、近年、サービス要員としての比重が増え、労働負荷が高くなっています。欧米や南米、中東にある保安要員としてのライセンスが日本の客室乗務員には付与されていない事がこの傾向に拍車をかけています。
サービス要員としての労働は感情労働でもあり。身体の疲労に加え、ストレスも多くなっている現状があります。
Ⅰ参考資料:精神的緊張を伴う業務
この参考資料は厚労省ホームページにある「脳、心臓疾患労災認定基準」の付加部分の項目です。
これを客室乗員の業務に置き換えてみると、緊
急事態/火災・危険物への対応/ハイジャック及び迷惑乗客への対応/急病人対応など、機内保安業務のほとんどが「水色部分」に該当します
1-3 乗務中の業務の流れ・乗務と疲労の関係
これはB社の一か月間の乗務スケジュールモデルです。横軸を月日、縦軸を時間にとり、水色の線で勤務を表しています。
公休日は月間10日間ですが、始業、終業時間はまちまちで、早朝深夜にまたがっています。
欧米への国際線は、ほぼ身体的低長期(WOCL:02:00~06:00)にかかる早朝深夜便で、帰国後の公休日が2日間となっています。
また、パリ便の前日に、1日3便を乗務する国内線が2日間入っており、引き続くパリ便を合わせると6日連続乗務パターンとなっています。パリ往復乗務の前後に十分な休養が取れていない状況であると推察されます。
また、時差による睡眠への影響は東向きの方が大きい為、ロサンゼルスでの滞在中に十分な休養と睡眠が取れているか、また、日本帰着後の休養が2日間のみで十分なのかも疑問です。
Ⅰ‐3 乗務中の業務の流れ
この図は、1回離陸して着陸するまでの1便での業務内容を表しています。
国内線勤務では一日に2回から4回、台形で表した業務を繰り返し、10時間を超える乗務時間になることがあります。
東京-大阪間では水平飛行時間が20分程度と短いので、ベルトサイン消灯後、機体上昇中から飲み物カートを動かします。また国内線でも機内販売がある為、飛行機が高度を下げ始めても販売に時間を要することがあります。
1便目が目的地に到着した後、駐機中は機内チェックや次の便の準備をし、すぐにまた2便目の乗
客の搭乗が始まります。
したがって、国内線勤務中、機内では休憩がほとんどとれません。
飲食の時間も確保されていない為、乗務の合間の駐機中、機内清掃をしているホコリの中で5~
10分でお弁当を食べます。遅延時には、上空で立ったままお弁当を食べるか、時には食べる時間がなくお弁当を持ち帰ることもあります。
尚、長距離の国際線勤務では、2回の食事サービスの間に交代で食事と仮眠をとりますが、近距離の国際線往復時は休憩時間がほとんどないという現状があります。
Ⅰ-3 乗務と疲労の関係
P3の「参考資料(スケジュール表)」を8日間のパターンで表したのが、Ⅰ-3「乗務と疲労の関係」の図です。
赤色部分は疲労要因、黄色部分は食事・休憩・休み、水色部分は主な業務を表しています。
19、20日は2連続国内線の乗務です。
19日に羽田➡伊丹➡羽田➡松山と乗務し、松山で宿泊。
20日は松山➡羽田➡福岡➡羽田。
この国内線2日間だけでも心身の負荷は高いと言えますが、その翌日21日は休みなく羽田からパリの4日間にわたる往復乗務をして、25、26日に公休日が入ります。
国内線1日3便乗務の場合、離陸と着陸による酸素分圧、気圧、湿度の大きな変化を日に6回、身体に受けることになります。その日は休憩時間がほとんどないという実態があります。
職場への疲労調査アンケートでは、「時差があるフライトで疲労、苦労している事」の問いに、45%の人が「体調不安」と答えています。また、42%の人は「睡眠」と答え、「疲れすぎて眠れない。熟睡出来ない。いつも眠い。」など睡眠の不充足感を訴えています。
下のグラフは、「昼間の睡眠と夜間の睡眠の質は同じか?」の問いに85%の人が「違う」と答えています。
客室乗務員の仕事で時差がある地域へのフライト、深夜のフライトは避けられない事ですが、人間の生体リズムからみても夜間に働く事がリズムを狂わせている事は明らかであり、何らかの勤務制限や手当等を考慮すべきと考えます。
Ⅲ そんな環境で起こった近年の事例
2016年11月からA社では「休養日の削減」を含む勤務体系変更が実施されました。
その結果、客室乗務員の疲労によるトラブル・急病事例が多発しました。
2017年度中に報告された事例をみてみます。
事例1)羽田-サンフランシスコ線で 乗務中、体調不良により客室乗務員が酸素吸入される。
事例2)成田-ダラス線の出発前、体調不良で客室乗務員が交替し、30分遅発。
事例3)ロンドン-羽田線でロンドン出発ブリーフィング中、客室乗務員が、「胸が苦しい」と訴え、乗務離脱し欠員乗務になる。
事例4)羽田→北京線乗務中、客室乗務員が体調不良になり、北京到着後病院に搬送される。
B社では、数年来、客室乗務員の在職死亡が報告され、私たちキャビンクループロジェクト(CCP)は勤務と睡眠、ストレス、疲労、休養との関係を問題視してきました。そして今年1月、ロサンゼルスからの便でCAが倒れ、その後搬送中に亡くなったという痛ましい事例が発生しました。
このB社では2014年以降、6年間で14名の客室乗務員が在職中に亡くなっており、同じ大手のA社と比べ異常に多い実態となっています。
Ⅳ 疲労の原因となる要因 疲労→疲労蓄積→過労から疾病を引き起こす現状
「ストレス」は現在進行中の負荷、「疲労」は過去の負荷の蓄積と言われています。その負荷要因が生じる4つのカテゴリー別に、左側に要因、右側に引き起こされやすい症状などを表したのがⅣの図です。
「水色」は社会的カテゴリー、「黄色」は企業風土のカテゴリーです。不十分な編成数、機種や勤務変更の多さ、スケジュールを選べず休憩・休日・休暇などの休養が取りにくい、といった負荷と、さらに不十分なストレス対応、即ち不十分な従業員保護(サポート)が慢性疲労に関係していると推測されます。
「黄緑」は身体的カテゴリーです。睡眠に大きく
関係する「時間」をみると不規則、早朝深夜シフト、長時間勤務などがあります。
「睡眠障害は鬱などのメンタルヘルスにとっての危険因子である」 とE.マックネリーは報告しています。(2018年)ちなみに、マックネリーはその他の危険因子として、長時間の不規則勤務、ハラスメント、不十分な従業員保護、食事のタイミングや内容などもあげています。
「ピンク」は心理的カテゴリーです。乗客に加えて上司や同僚への気遣いである感情労働要因は、慢性胃腸炎や自律神経失調症に繋がっていると考えられます。
ⅴ 疲労リスク管理システムについて
2017 年国交省は各航空会社に「疲労リスク管理」開始を指示しました。
各交通機関にも求められている安全管理システム(SMS)制度の不安全要因「ハザード」の内容に「乗員の疲労情報」を含めたものです。
関係者への「疲労に関する教育」の実施と、社内規定内に「(安全に影響をおよぼす)疲労をした状態で乗務しない。させない。」ことを明記しました。
その対象者は運航乗務員と客室乗務員ですが、日本では客室乗務員への適用ははじまったばかりです。また、会社資料ではCAの自己責任ばかりが強調され課題は多い状況です
私たちの提言
現場で疲弊しきって声を上げる以前に思考停止になっている客室乗務員の現状、会社の規制により調査研究協力も得られない私たちキャビンクループロジェクトは次の目標を提言しています。
[国際基準・労働基準法由来]
国家ライセンスの付与
疲労リスク管理システムの導入
年間乗務時間、月間乗務時間の制限の改善
労働基準法を遵守し、休憩時間付与規定の制定と実行
[会社との契約・規定・風土由来]
スケジュールの選択
国内線のみの乗務を可とする
スケジュール・休日作成システム
体調の悪い時に休めるシステム(病気休暇等)の新設
連続する乗務日の短縮
長距離国際線後の休養日の増加
深夜便乗務明けの翌日は休日にする
評価制度
人事評価や部内格付けによるセニョリティを改め、欧米並みの勤続年数に沿ったセニョリティ
とする
人権擁護と教育
ハラスメント対処教育の定期的実施、及び人権侵害の一掃。
以上